プロフィール

 

『自分軸を取り戻す』
私が私であるための幸せのメソッド
心理カウンセラー❦ 優咲 愛

 

~プロフィール~

◇両親と父方の祖父、三人姉妹の長女として生まれる。

◇子供時代  自営業で仕事が忙しい両親や祖父の顔色をうかがう子供だった。

◇友達と遊ぶことよりも、妹達の世話や母の手伝いを優先する『いい子』だったが、いつも漠然とした淋しさを感じていた。

◇高校生時代 初めて交際をした男性に対し依存をし自分を犠牲にする恋愛が始まる。
『助けたい症候群』発症もこの頃から。
  恋愛に依存していく。

◇結婚と離婚 自分の居場所が欲しくて結婚したが、結婚生活はうまくいかず4年で離婚。

◇シングルマザーとして息子を育てながら昼夜働くが、息子とのシングルマザー生活は誰にも頼ることが出来ず苦しむ。

◇再婚 人並みの幸せを手に入れたくて再婚したが、再婚後、半年足らずで相手は豹変。私にだけ向けられるDVが始まった。

◇苦しみから逃げるために占いと買い物に依存していく。

◇DVに苦しむ日々が続く中、ベーチェット病という難病を発症。
 2週間生死を彷徨う。

◇この病気をきっかけに心理学に興味を持ち始める。

◇2度目の離婚 カラーセラピーという心理セラピーに出会いDV夫との離婚を決意。
 同時に私の苦しみは幼少期からの親子関係からきていたことに気がつく。

◇苦しみの根本解決法がわからず、その後も、対人関係の中で恋愛依存、共依存を繰り返しモラハラやDVを受け入れ続ける。

◇ストレスから子宮頚がん発症。

◇心身が疲弊しボロボロになり心身の不調で日常生活がままならなくなりカウンセリングのドアを叩く。

◇心理カウンセリングと出会い、自分の心状態や無意識に背負っているストレス、過去の生き辛さの原因を知りその問題を根本から解決し心身の不調を克服する。

◇人生を変えるために数々の心理学講座を受講・心理療法・ヒーリング手法を学びカウンセリングの勉強を始める。
レイキヒーラー資格・カラーセラピスト資格を取得。

◇自分の辛かった過去の経験と30年余りの営業経験の中で、たくさんの人々の人生に寄り添い関わり続けた経験を生かし、心理カウンセラーとしてカウンセリングをしている。

こんにちは
心理カウンセラー 優咲 愛〈ゆうき あい)です。

私は長い間、自分がアダルトチルドレンや愛着の問題を抱えていることに気がつかず

恋愛依存、共依存を続け恋愛や結婚生活、子育てに悩み、人間関係でたくさんの失敗を繰り返し

生きづらさに悩みながら一人でもがき続け波乱万丈な人生を送ってきました。

更に難病を発症、ガンに罹患するなど身体の不調もあり苦しみました。

 

『私は無価値な人間だ』

『私はダメな人間だ』

『私なんて...』


常に、そんな思いが付きまとい、それを払拭するために自分を犠牲にして頑張り続けるも報われず虚無感を強く抱き生きていました。

 

アダルトチルドレン愛着の問題を抱え、恋愛依存、共依存、モラハラ、DVに苦しみ続け辛くても誰にも頼れず理解されず、常に孤独感、自己否定感、無価値感でいっぱいでした。

 

そんな中、難病を発症したことをきっかけに、心理学に興味を持ちはじめました。
カウンセリングと出会い様々な心理療法を受け根本原因である、幼少期から無意識に重たい荷物として背負っていた
信念(価値観)をひとつづつおろし、重たい荷物(信念・価値観)から心を解き放していきました。

すると、次第に長い間の苦しみが消え、ありのままの自分で自分らしく生きられるようになっていきました。

『私は無価値な人間だ』

『私はダメな人間だ』

『私なんて...』

 

気がづいたらいつの間にかそんな思いはなくなっていました。
重たい荷物として背負っていた信念(価値観)をひとつづつおろし心を解放できた時。。。

 

『私はこのままの私でいいんだ!』

『私は価値ある存在なんだ』

『私は私でいいんだ!』


と思えるようになり毎日温かさ安心感で満たされていました。

 

その後の人生は自分軸を取り戻し『私が私であるために』時が流れだしました。

 

 

これらの経験から

『私は自分の過去の経験を無駄にしたくない』

多くの方々に1日も早く幸せマインドを手にしていただきたい

『二度と戻らない時間を大切にあなたらしく生きていって欲しい


そんな思いでカウンセリングをしています。

 

私のカウンセリングでは
あなたが
自分軸を取り戻しあなたらしい幸せな人生をご自身で創り上げていけるメソッドをお伝えしています。

あなたの毎日が一日も早く温かさと安心感で満たされるように全力でサポートさせていただきます。

 

 

プロフィールをご覧いただきありがとうございます。

あなたの悩み解決のために少しでもお役に立てれば幸いです。

悩み解決にはカウンセラーとクライアントさんの相性がとても大切です。

ですので、私がどのように悩み、どのような経緯で悩みを解決しカウンセラーになったのか、興味のある方はぜひご覧ください。

♡詳しいプロフィールはこちらから♡
     ↡ ↡ ↡

何も言えない良い子な子供。可哀想な母を助けたい!


私は自営業の両親のもとに長女として生まれました。

仕事が忙しく支配的な父、母に対して暴力的な祖父、祖父からの暴力に耐え仕事の忙しさと家事に追われ余裕がなく常にヒステリックで共依存的な母、そんな家族の顔色をうかがい怯えながら過ごしていました。

言いたいことも言えず母を困らせてはいけないと我慢の日々。

 

祖父の機嫌が悪くならない様に母の手伝いが毎日の日課となっている小学生でした。

 

友達と遊ぶことよりも妹たちの世話や家の手伝いを優先する良い子でした。

 

気に入らないことがあると、決まって母に暴力をふるう祖父から母を守りたくて子供ながらに母を助けたり守ることに必死でした。

 

そんな毎日のある日の出来事でした。

祖父や父方の叔母達3人に囲まれ正座をさせられ、うつむいている母...

父は他人事のように仕事をしていました。

私は耐えられずに父に助けを求めました。

 

『お母さんがいじめられていのにどうして助けてあげないの?!』

 

勇気を出して父に助けを求めました。

しかし、父からは

 

『お前は黙っていろ!!』

 

と、にらまれ殴られました。

自分の無力さを感じたのを鮮明に覚えています。

 

母からはいつも祖父や父の愚痴を聞きひどいときには

『お母さんはもうじき病気になって死ぬよ。』

『もうじき癌になって死ぬと思うよ』

『お母さんは不幸だ』

『女は損だ!』

『こんなところにいるなら死んだ方がましだ』

 

私は母からそんな愚痴ばかりを日ごろから聞かされていました。

 

そんな母を見て


『お母さんが可哀想。私が助けなきゃ!』


私の頭の中は常にその思いでいっぱいでした。

 

 

 

私はお母さんの為に頑張っているのに...お母さんは『我慢しなさい!!』しか言わない.

母を助けたい一心で私は毎日、自分を犠牲にして手伝いを頑張りました。

 

一方で、母は祖父に攻撃されても助けもせず他人事でいる父のご顔色をうかがいこ機嫌を取り、自分の思いも言えず、なんでも言いなりになり、どんなときにも父の肩ばかり持ってるように見えました。

 

その母は私が何を言っても話を聞いてくれることもなく、私の味方になってくれることはありませんでした。

 

『お姉ちゃんなんだから妹たちの面倒くらい見なさい!!』

『お母さんは忙しい!!』

『我慢しなさい!!』

『うるさい!!』

 

母から言われるのはいつもこの言葉でした。

私はお母さんの為に頑張っているのに...

いつもお母さんの味方なのに...

報われなさや淋しさを感じる日常でした。

私の味方は誰もいない。

淋しい...

 

 

『私が支えてあげなきゃ!!...』恋愛依存・共依存・助けたい症候群発症

高校生になり始めて男性とお付き合いをしました。

相手は母親がいない複雑な家庭で育った人。

私はその男性の母親がいない淋しさを自分のことのように共感し、情緒不安定で気分屋の相手に常に振り回され続け、理不尽で不誠実な扱いを受けてもそれを受け入れ交際を続けていました。

辛いけど別れられない。。。
苦しいのに我慢してしまう。。。

今思えば、どこかで感じたことがある感覚でしたが常に抱えていた過去からの自分の中の淋しさを埋めたくて私はその恋愛にその相手に依存していきました。

 

この人は淋しくて可哀想な人、私が支えてあげなきゃ!!..』

という思いから嫌なことがあっても我慢自分を犠牲にし続け6年間交際をしていました。

 

幼少期から自分の居場所がないと感じていた私はどんなに不誠実な扱いをされても、やっと自分の居場所が見つかったような気がしていました。

この場所がなくなったら私の居場所はなくなる。

 

そういう不安が常に付きまといその関係にしがみついていました。

 

私の苦しみや辛さを誰もわかってくれない...家族なのに

数年後、私は高校生時代から6年間交際をしていた相手から突然一方的にフラれました。

 

自分を犠牲にしていた6年間の代償は大きく、別れた時の私は、6年間相手の気分屋に合わせ不誠実な扱いを受け、それでもしがみついていたことが原因で自分をなくし心身ともに疲弊仕切っていました。 

朝起きて仕事に行き帰ってくる。

それだけで精一杯の毎日。

やっと生きている...

 

その後、1年間くらい絶望感と孤独感から、ひきこもりに近い生活になりました。

そんな時にも母は話を聞いてくれるわけではありませんでした。

 

『人様に笑われる恥ずかしいことだけはしないでくれ!!』

『いい加減にしなさい!!』


冷たい言葉を放たれ他人事でした。

父は新しい仕事の起業に必死な様子で私のことは全く気にもとめていませんでした。

 

家族と同居しているのに私は一人。

どこにも居場所がない。

この世に私は一人きり。

そんな気がして強烈な孤独感に襲われました。

 

そして

『家族がいるのになぜ私は一人だと感じてしまうのだろう?』

と疑問を持ちはじめました。

 

 

「お母さんは忙しい!そんな暇はない!」

20代前半、結婚が決まりました。
私は嬉しくて両親に報告をしました。

 

しかし

 

「ふーん...そんな人と結婚してもねぇ」


と決して喜んでくれることはありませんでした。
逆に、なぜか私の結婚に対して否定的な言動ばかりでした。
否定されるのが怖くて自分の意見が言えなかった私は結婚前の一番幸せな時期に拒食症になりました。


ウエディングドレスを一緒に選びに行って欲しいと頼んだ時も

「お母さんが昼寝をする時間が無くなる!」

「お母さんは疲れてる!」

「忙しい!そんな暇はない!!」

 

結婚式の衣装を見に行く時間すらないという母。


娘の結婚ってもっと嬉しいことじゃないの?...
一生に一度の結婚式よりも昼寝が大事なんだ。


お母さんにとって私って何なんだろ?

強く疑問を持ったのを覚えています。

 

 

 

居場所を求めて結婚するが離婚

25歳の時、温かい家庭にあこがれ自分の居場所が欲しくて結婚。

『結婚すれば私の居場所が出来る』 その考えは浅はかでした。

 

長男を出産しましたが全く向上心がなく受動的な夫と貧困生活の末、夫と長男を背負い続けることに疲れ果て離婚を決意しました。

この離婚は両親には

「どうしてお前は我慢できないんだ!勝手にしろ!」と猛反対されていました。

そして元夫側の家族には

ウチの娘がわがままだから悪いんです。申し訳ありません」

私の目の前でそう言っている両親がいました。

離婚する私は悪いんだ。。。

私がいけないんだ。。。

気持ちをわかって欲しいはずの両親から受け取った無価値感罪悪感に苦しみました。

 

 

母からは『帰って来るな!!』...辛いシングルマザー生活が始まる

29歳、シングルマザー生活が始まりました。 

その時に母から言われた言葉は

 

『私はあなたのために嫌だった結婚生活を我慢してきたのに!!!』

『お前は何でそんな勝手なことをするんだ!!子供のために我慢しろ!!』

『ウチは商売をやっているから実家には帰って来ないでくれ!!ウチを一切頼るな!』


辛いときに母から放たれた言葉に胸を抉られる気がしました。

 

『私には帰る場所はないんだ。』

『私には家族がいないんだ。』

『私には子供しかいないんだ。』

『私は一人きりなんだ。』 

 

そして父からは

『離婚をしたお前のことを許せない』


この言葉で私は重たい罪悪感を背負いました

言葉にできない孤独感を改めて感じた出来事でした。

 

同時に両親にも認めてもらえない『私はダメな人間なんだ』と強く感じました。

 

その後、誰を頼ることもできず長男と2人の生活。 

私は、いつも自分を責めながら自分はダメな人間だと思いながら生活費を稼ぐため昼間は保険営業、夜は子供が寝ている間に新聞配達をし辛いシングルマザー生活を送っていました。

 

 

母から放たれたショッキングな言葉『家族の中でお前だけが恥ずかしい生き方をしている。この親不孝者が!!』

両親からは苦しい生活の援助ではなく、離婚したことを毎日責められ続けました。

 

生活の為に、1日中、仕事ばかりしていること。
夕方に決まってかかってくる母からの電話に仕事をしていて出れないこと。
子供を留守番させ働いていること...

挙句の果てには。。。
生きていくことに必死な私に

『還暦だから旅行くらい行かせろ』

と信じられない要求をされました。

何も言えない私は我慢して要求をのみました。

それでも、母は私の言動全てを否定し、罵倒し、ヒステリックに責めてきました。

 

そして

『うちの家族の中でお前だけがこんなことをしている。この親不孝者が!!生活費を出してやるから別れた夫と復縁しろ!!』

と両親は自分たちの世間体のためにお金で私の人生をコントロールしようとしてきました。

 

 

この言動があまりにもショックで私は生きている意味も分からなくなっていきました。

どんなに自分を犠牲にして両親の言うことを聞いていても何もわかってくれない。。。

 

孤独感、孤立感、絶望感、無価値感、虚無感、出口が見えないトンネルで真っ暗闇の中に
いるようなそんな感情ばかりを抱いて生きていました。 

 

 

『私は家族の汚点なんだ。』

『私は親不孝なんだ。』

『私なんかいないほうが良いんだ。』

『私は生きている価値がないんだ。』

 

そう思いながら生きていました。

 

毎日が辛く苦しい。

 

私を理解してくれる人はこの世に誰もいない。

家族なのにどうして? 

そんなに世間体が大事なの?

 

言葉に出せない辛い思いがどんどん募っていきました。

何かがおかしい...

私の家族は普通の家族と違う...

どうしてなんだろう

理由がわからないまま死んでしまったほうが楽かもと思う毎日でした。

 

しかし、その私の傍らには明るく元気な長男がいました。

 

私はこの子を育て上げなければいけない。

私はこの子を幸せにしなければ!

だから私は死ぬわけにはいかない...

苦しくても一人で頑張るしかない。。。

 

 

苦しみから逃げるための再婚で得たものは『苦しみ』でした

8年間の葛藤生活の中、再婚をしました。

本当に私はこの人と結婚してもよいのだろうか...

迷いながらも目の前の苦しみから逃げるために再婚をしてしまった私でした。

 

『再婚すれば両親に許してもらえる』

『再婚すれば両親に責められなくなる』


『再婚すれば両親から私を普通に扱ってもらえる』



今思えば、その結婚は両親に認められるための結婚だったと思います。

 

再婚相手は、誰にでも優しく大人しく真面目で誠実な男性でした。

平和な居場所が欲しい

人並みの幸せを構築したい。

そう願って決意した再婚でしたが...

 

再婚後半年足らず、次男を妊娠中に相手は豹変しました。

そして優しく大人しく真面目で誠実だった再婚相手は結婚前はとは打って変わって
冷たく自分以外には無関心な人になっていきました。

その頃からDVが始まりました。

 

DVに耐える日々

再婚相手のDVは年々ひどくなっていきました。

しかし。。。

私には帰る所はない。

我慢するしかない。

2回も離婚するわけにはいかない。

離婚したらまた以前のように両親からは親不孝者と言われる。

親から認められていたい

そんな気持ちでいっぱいで身動きが出来ませんでした。

葛藤の中、我慢をするしかない日々が続きました。

自分の人相が醜くなり鏡を見るのもつらい毎日。

私は苦しみから逃げるために占い買い物依存していきました。

 

両親に夫のDVの話をしても

『あんな大人しい人がDVなわけない。お前のわがままだ。子供のために我慢しろ!

そう言われ続け全く向き合ってもらえませんでした。

 

 

難病発症 生死を彷徨う

DVに苦しむ日々が続く中、ベーチェット病という難病を発症し、2週間生死を彷徨い続けました。

生死を彷徨いながらも、子供のこと、仕事のこと、家庭内のこと...

気になるのは自分以外のことばかりでした。

そして、私は何のために生きているのだろう?

と病床ではいつもそう考えていました。

 

3か月の入院生活でした。

病院にいると私を気にかけてくれる看護師さんがいる。
人の温かさを感じたのを覚えています。

 

しかし、両親の見舞いは2回だけ。

両親は

「忙しくて見舞いに行く時間はない!」

と私に言いながらも二人でパチンコ店に行っていました。

 

こんな時にも両親は私を心配してくれない。

私を守ってくれない。

私のことを見てくれない。

そんなに私は価値がない人間なの?

絶望に近い気持ちになりました。

 

 

機能不全家族が原因と気づくが解決の術がわからなくて苦しみは続く

この病気をきっかけに私は心理学に興味を持ち始めました。

 

『私はどうしてこんなことばかり繰り返してしまうのだろう?』

『私は本当にそんなにダメな人間なんだろうか?』  

 

それを知りたくて心理カウンセラーのブログや本を読みあさりました。

 

そしてカラーセラピーというものを知りセラピーを受け始めました。

当時の私はセラピストに自分自身のことを聞かれても何も自分がわからなくて答えられない私でした。

 

カラーセラピーと出会い、私は自分の本心に気づき始めました。

セラピーを重ねていく中で2回目の離婚を決意しました。

 

今回も、また両親は元夫側の家族に

ウチの娘がわがままだから悪いんです。申し訳ありません」

私の目の前でそう言っていました。

私が悪い。。。

DVでも?。。。

私がダメなんだ。。。

更に自分の無価値感を感じました。

 

しかし、同時に『私の家庭は機能不全家族ではないか?』と思い始めました。

 

更にセラピーを深めていくと私の苦しみは幼少期からの親子関係からきていたことに
ぼんやりと気が付き始めました。

しかし、当時の私は原因に気づいたものの、それをそれをどう解決したらよいのか?
根本の解決方法がわからず両親を責めた結果「おまえは頭がおかしくなった」と言われ絶縁状態になってしまいました。

 

繰り返す 共依存、恋愛依存、モラハラ、DV

カラーセラピーだけでは原因は分かったものの解決方法がわからなかった私はその後も対人関係の中で恋愛依存共依存を繰り返しモラハラDVを受け入れ続けていました。
どうしたらよいのかわからず、自ら自分自身を不誠実に扱いながら生きていました。

 

『私はまた同じことを繰り返している』 

 

自分を客観視しながらも

 

どんな風にしてそれを解決すればよいのか?

私はどうしたらよいのだろうか?

悩みながら数年間、ずっと同じ失敗を繰り返していました。
その結果、ストレスから子宮頸がんを発症しました。

 

 

心理カウンセリングとの出会い。。。私は変わりたい!

幸いにも、癌を克服した私はそこでやっと、こう思い始めました。。。

『私は変わりたい!』

 

『自分を何とかしたい!』


『幸せになりたい!』

と、同時に自分と向き合う決意をしました。

 

数年にわたる苦しみから心身が疲弊し、ボロボロになり心身の不調で日常生活がままならなくなっていた私ですが、勇気を出してカウンセリングのドアを叩きました。

 

そして、自分の過去の苦しみは自分の性格が悪いのではなく、私の家は機能不全家族そして私はアダルトチルドレン愛着に問題を抱えていることを確信しました。

 

『私が悪いわけではない!』 

 

そう思えたことで言いようのない安堵感を感じ心が楽になりました。

 

カウンセリングを数回受け、過去の私は幼少期からの親子関係の中で生きづらい信念(価値観)を重い荷物としてたくさん背負い続け、どれだけ自分を苦しめ粗末に扱い続けてきたのだろうと痛感しました。

 

私は自覚していなかった過去の無意識に刷り込まれた生きづらい信念(価値観)を重い荷物としてずっと背負っていたのです。

 

その荷物が重すぎて動けない。
その結果、人生において何度も失敗を繰り返し難病を発症し癌に罹患。

人生の悪循環から抜け出せずにいたのです。

そして、それは幼少期の親子関係が原因となっていたことにはっきりと気がつきました。

両親に愛されたい一心
幼少期の頃から重い荷物を背負い続けていた。。。

私は両親から自分が必要とする形の愛を受け取れず、ぞの空虚感を埋めるために外に安心感や愛を求め恋愛や子供に依存し続けていたことにも。。。

それに気づいてから

過去の私の人生は他人に認めてもらうための人生だったこと。

私は他人軸で生きていたこと。

私は自分の人生のハンドルを自分で握っていなかったこと。

次々とたくさんのことに気づいていきました。


そして、これからは

『自分の人生のハンドルは自分で握る!!』

と決め、自分を大切にし生きてこうと思えるようになっていきました。

 

 

私が私であるために

カウンセリングでは過去の親子関係の傷を癒していきました。

長い間、私を苦しめていた自覚していない信念(価値観)を心理セラピーにより解消することができました。

ボロボロになってカウンセリングのドアをたたいた私でしたが、重い荷物として背負っていた、その自覚していない信念(価値観)をカウンセリングで下ろすたびに

『私はかわりたい!!!』

そう強く思えるようになっていきました。

 

 

『私は幸せになりたい!』

『私は幸せになってもいいんだ!』

 

先が見えないトンネルの先に一筋の光が射した気がしました。

 

自分一人では解消できなかった自覚していない重い荷物をおろしていき、気がついたら孤独だった私にも心の居場所が出来た気がして心の中が温かさや安心感で包まれました。

 

カウンセリングを進めていくと

『私は無価値な人間だ』

ずっとそう思っていた自分にも価値があったことに気がつきました。

そして、私はずっと一人で頑張り続けてきたことも。。。

 

カウンセリングで心が緩んだ後、まわりを見渡したら

 

『私なんて...』


そう思っていた私が育てた上げた息子達2人はいつの間にか自立し、それぞれに自分の夢に向かって真っすぐに力強く歩いている。
私はそんな幸せが近くにあったことにもやっと気づくことができました。
そして、私が求めていた形ではなかったけれども、私は両親からも愛されていたことにも気づきました。
ただ、形が違っただけ。。。

『私は生きていていいんだ!!』

『私はこのままの私でいいんだ!』

『私は価値ある存在なんだ』

『私は私でいいんだ!』



何十年も感じていた無価値な自分。

それがふわっと消えていきました。

同時に私の人生の歯車が回りだしました。

 

自分を置き去りにして生きていた私。
幼少期からの重い荷物を背負い続けて歪んだ価値観により他人の人生を歩いていた私。

ハッキリとそれが腑に落ちた時。
私は生まれて初めて自分のため涙を流しました。

 

『ごめんなさい』

『ありがとう』

 

そんな言葉を生まれて初めて自分に言うことができました。

 

 

 

そして、これからの人生は

『私が私であるために』


生きていく。

 

そう思える私になっていました。

 

私がここまで変われたのはカウンセラーに、自分を受け止め背中を押してもらい、人の温かさに触れながら、『私は幸せになる!』と決心できたからです。
同時に、自分だけではどうしてよいのかわからなかった生きづらさを克服するために、カウンセラーと一緒に重い荷物として背負っていた信念(価値観)をおろし、ありのままの自分を認め許しながら他人軸から自分軸へと成長出来たからです。

 

過去に私は自分の今の苦しみから抜け出したくて、占いに依存したり、スピリチュアルの世界に入ったり、コーチングや何種類もの自己啓発の本を読んだり、たくさんの自己啓発講座を受けてきました。

 

それらでは、一時的には気持ちが楽になり思考は変わるものの根本の原因を解決できず何年間も空回りをし続けてきました。

 

 

しかし、その私が心理カウンセリングを知りカウンセリングを受け自分でも自覚できるほどの変化を実感することが出来たのです。

『心理カウンセリングってスゴイ!!』

心からそう思ったことがきっかけで、その後、私は自分の人生を変えるために数々の心理学講座を受講し潜在意識の特徴についての学びを深め、過去を癒すためのセラピーを主にした心理療法やヒーリング手法を学び本格的にカウンセリングの勉強を始めました。

 

そして、その学びを一人でも多くの方にお伝えし、たくさんの方々に自分らしく生き生きと幸せな人生を歩んでいただきたい。

 

私は遠回りをしたけれど、私のように一人で苦しんでいる方々に1日も早く幸せな人生を手にして欲しい。

そんな思いでカウンセラーとして活動を始めました。

 

 

 

私は無価値な人間だ』

『私はダメな人間だ』

『私なんて...』

 

そんなふうに自分のことを思ってしまう。。。

🔸アダルトチルドレンで生きづらいあなた

🔸共依存・恋愛依存から抜け出せず苦しんでいるあなた

🔸モラハラ・DVで苦しんでいるあなた

🔸愛着の問題を抱えている方々へ 

 

幼少期からの親子関係をひもとくことで
他人軸から自分軸へと成長し
あなたの毎日が温かさや安心感で満たされる

『自分軸を取り戻す』

~私が私であるための幸せのメソッド~

を提供しています。

 

人生は自分次第。

あなたには自分を幸せにする責任とそれを選択する自由があるのです。

全ては自分で選択できるのです。

あなたを幸せにできるのはあなただけです。

 

私のように遠回りをすることなく、ひとりでも多くの方々が1日も早く自分の悪循環に気づき自分軸を取り戻し自分らしく幸せに生きていっていただけることを願っています。

 

カウンセリングのご予約

毎月限定5名様まで 

お試しカウンセリング受付中